本当の自分に還り、本物の豊かさを味わう
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生きることが面倒くさいと思っているきみへ

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生きているのは、辛いとか何だとか言うけれど、楽しいもんだ。

「あんた,生きるのは苦しいとかなんとか言うけれど,それは人間のきどりでね,正直,生きてるのはいいもんだよ,とても面白い!」

黒沢明『夢』(水車のある村)村の老人の台詞. より

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そもそも生きることが楽しいなんて思っているのは
中学生になるまえくらいの子どもくらいのときまででしょう

ていうか、リアルな子ども目線を思い出してみれば
そもそも『生きることが楽しい』なんて思って遊んでない
彼らは「今、この瞬間」を生きているのだから

ぼくたちはいつから「今」にいなくなったんだろう
なぜ「今」から追放されたのだろう

「今」にいるかわりにいつもどこかの「不安」をさまよっている
安心を求めて「不安」から逃れようともがくたびに挫折のくりかえし

誰かの期待にこたえようとして
恥をかきたくなくて背中にたくさんの荷物をせおいこむ

いい人でいようとして違う誰かになろうとして
人とは違うんだと壁をつくって制限の中に迷い込む

誰かのせいにして、何かのせいにして
反省しなければと自分の首をギロチンにかける

幸せは誰かにしてもらうものなんだと
埋め合わせの恋愛にさまよい嘆きをくりかえす

まあ、そうはいうけど、あなた、人生なんて
そんなもんでしょう

なんとか自分をだましだまし
やりたくもないことをがまんしてやるのは

りっぱな大人のやることだし
なにより生きて行くためだし義務でもあるし

たまに遊んでガス抜きしてまた自分をやる気に
させたりなんかしてね、だましだましやっていってね

まあ、最後はなんとか周りに看取って
もらいながら死ねれば御の字でしょうみたいなね

人生そんなもんでしょう
人生ってそんなもんでしょう
人生なんてそんなもんでしょう

ねえ?
そんなもんですよね?

ぼくたちはいつから「今」にいなくなったんだろう
なぜ「今」から追放されたのだろう

あの頃のぼくといまのきみ

ぼくはずっとここにいるのに
きみはいつも荒野をさまよう

さまようことに疲れたら
はやくもどってくるといい

きみにとっての確かなことは
「今、この瞬間」にきみがいるという

ただそれだけのこと

それ以上でもなくそれ以下でもなく
ぼくたちは完璧なんだということ

神さまだって口出しできない完璧さに
なにかとくらべることに何のいみがあるのだろう

神さまだって言い訳できない完璧さに
はずかしめられる理由などなにもない

だから、もう欠けた一部を探そうとするのは
やめにして、ただ「今」を楽しめばいい

人生を本気で楽しむ覚悟ができたなら

なぐさみや気晴らしの安っぽい遊びで
人生をごまかすことが時間の無駄だったと気づくに違いない

そう、思いだせ、人生は短いということを

季節の移ろいを感じるのもせいぜいあと十数回
喜怒哀楽の感情も生きているからこその生の躍動

恐れと迷いを振り切り
本当の自分を生きろ!そして存分に楽しめ!
本当の自分でなければ生は謳歌できないのだから

幻想の荒野をさまようことをやめたとき
ぼくらはふたたび「今、この瞬間」を生きはじめるのだろう

ぼくは決心する
「生きる」ことを徹底的に楽しんでやると

@yukarinkoでした^^
本日も最後までお読みいただきまして
ありがとうございました

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