本当の自分に還り、本物の豊かさを味わう
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支配されて生きるか、自由になるか/セドナメソッドについて㊿

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◆承認欲求(認められたい、愛されたいという欲求)←→否認欲求/愛したいという欲求

承認を求めるとき、私たちは自分が承認されていないように感じています。そのため、承認を得られるように振る舞いますが、その一方で、潜在意識のうちではいつも実際には承認を得まいとしています。

認められたい、愛されたいと思うとき、私たちは自分自身に焦点が向いていて、自意識が強くなり、人が自分をどう思っているかを過剰に意識します。心の中でイヤだと思っていることにも同意してしまいます。

他人に好かれようとして、裏切られたり言いなりになったりすることもあります。責任を負いすぎたり、人の仕事まで引き受けてしまうこともあります。その方が人気者になれると思うからです。

・否認欲求
否認を求めるとき、私たちは承認など欲しくないように感じています。そのため、承認を遠ざけておけるような方法で振る舞います。

承認欲求と同様、自分自身に焦点を合わせていて、自意識が強い状態です。人が自分をどう思っているかを過剰に意識していますが、気にしないふりをします。簡単に同意すればいいような場面で拒否することがしばしばあります。

他人が自分を好いていないことを確認するために、他人を裏切ります。責任を回避したり、仕事を未達成のままにしたりすることもあります。わざわざ自分の人気を下げることをします。

人生を変える一番シンプルな方法 
主婦の友社 ヘイル・ドゥオスキン著 p131~p132より引用

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先日久し振りに友人とスカイプをして近況を語り合う中で
彼女は切実に次のようなことを言っていました。

自分自身がないということ。
やりたいことがない、みつからないということ。

おんなじようなことを思って悩んでいる方、あるいは
自分の人生なんてこんなもの、と既にどこかに蓋をして
しまっている方って、以外と多いのではないかと思いますが、さていかに。

アロ~ハ♪@yukarinkoです^^

気がつけば昨年の10月末以来、ご無沙汰しておりました。
時間の感覚が加速度的におかしくなってきている今、ほんのちょっと
の間っていう感覚なのですが^^;

みなさまいかがお過ごしでしたでしょうか。

わたくしはといえば11月頃からなんの浄化だったんでしょうか
大みそぎ期間が発動?したらしくw、外側、内側の世界ともに
忙しくてどうしようもない状態となっていました。

きっともう手放してよいだろう膿やらカスやらが
短期間で浮上してきて忙しかったんだろうと思っております。

症状としてはちょっとイライラしやすかった感じですかね。
特に感情の大きな浮き沈みに溺れていたということではないので
傍目からは何も変わらない感じだったかもしれません。
実際、外的現実も浮き沈みがなかったので。

でもね、自分じゃないものが入り込んでたんじゃないかって
感じの違和感というか、生理前のイライラがずっと続いてた
感じというかなんか変な感じでしたね。

あと発熱とかめったにしないのに
立て続けに体調崩してたりとか、、、、。

あ、ちなみに更年期とかそういうのではないと思います^^;

さて、さて

自分自身がないということ。
やりたいことがない、みつからないということ。

この言葉を聞いたとき、まっさきに思い浮かんだのが
本日のテーマである承認欲求です。

実は友人からこの言葉をきく前、年末だったか
年明けだったかその辺りに、承認欲求について
考えさせられることがありましてね 

自分の中にはまだこんなにも承認欲求があったんだと
まざまざと思い知らされている時期だったんですが

そんなときにベッドの中でおそらく
夢とうつつのはざまの中で脳内フィルムっていうか

小さな子供が一生懸命になって母親の機嫌をとろうと
している映像とともに、その子供の意識も感じていて

さらにそれらを客観的に観察しながら次のようなことを
感じ取っていた自分がいたわけなんですよね

ああ、承認欲求の原点はこれなんだと
母親に認めてほしい幼子(おさなご)の欲求

おかあさん、わたしはここにいるよ
おかあさん、もっとわらっていて
おかあさん、いつもそばにいて
おかあさん、ずっと抱きしめていて
おかあさん、歩けるようになったよ
おかあさん、おかあさん、おかあさん、、、

理屈ではこんなこと知っていたはずなのに
ベッドの中ではただなぜ自分が承認されたかったか
そのもととなっていた原因を体験している、、、

目覚めてからもしばらくベッドの中でぼおーと
しながら、なんどもさっきのことを追体験するんですね

で、追体験しながら、またどっかで
ああ、承認欲求って根深すぎるじゃんって

そしたらもういいやって、あきらめがついたんですよw
ふっきれた、もう、完全に降参したっていうか

そしたらですね、なんかめっちゃ軽くなったというか
わかったんですよね、承認欲求を解放しよう解放しようとして
すごく抵抗していたことに

抵抗っていうのはどういうことかっていえば
承認欲求を手放し切れない自分に怒りを感じてしまっていたということ

この自分自身に対する怒りが数か月続いていた
イライラの正体だったんですよね

以前、ヒューマンニーズのお話をしたことがあって
過去記事探せないのでリンクできないのですが

要は自分のこれまでの思考パターン、心のクセといいますか
そういうもので今の私の人生に役にたたないそれらのパターンを
洗い出してね、新しい価値観に切り替える作業なんだけれども

つまり、古い自分をいったん受け入れて(=許す)
次に本来自分はどう在りたいかっていう在りたい自分を決める

そうするとね、ほら、卒業試験が来るわけですよ(笑)
絶妙なタイミングでねwその卒業試験が承認欲求に絡んでたわけです。

さて、さて、さて、、、
そろそろ本日の話しをまとめていきますと

自分自身がないということ。
やりたいことがない、みつからないということ。

こんなふうに思っている方にわたしが伝えたいのは、まずは
そこに気がついた自分を褒めてあげてほしいということ。

だって、そこにいたるまでにきっと君はさんざん辛い思いをして
自分を責めて、罵って、痛めつけて、それでもなんとかしようと
けな気なまでに懸命に、一生懸命前に進んできたんだから

そんな自分をね
絶対に責めちゃあいけない

責めるかわりに
愛して愛して愛して愛してあげてほしい

おかあさん、わたしはここにいるよ
おかあさん、もっとわらっていて
おかあさん、いつもそばにいて
おかあさん、ずっと抱きしめていて

自分自身がないということ。
やりたいことがない、みつからないということ。

それは君が”もう、おかあさんの変わりを探す必要はない”
ということに気がついたことなんだとわたしは思います。

もう誰かが作った基準に服従して生きるという選択に
疲れたんだし、もうそうしなくていいことがわかったんだとも。

やりたいことが見つからないという人ほど
誰かの評価に価値の基準をおいてきた(承認欲求)

あるいは人にどう思われているかを気にしない
ふりをすることで抵抗を元にした価値基準で突っ走って
きた方ではないでしょうか。(否認欲求)

ちなみにわたしは否認欲求もかなり
もちあわせていたなあなんて思っています。

まあ、いずれにしても、、、疲れます。

だって、両方とも、自分自信を尊重した価値基準ではなく
常に外側の不安定な評価や承認をもとめているんですから
いつもなにかしら緊張あるいは抵抗があるわけで。

じゃあ、どうしたらいいんだって話、、、

さっき、わたしが承認欲求を手放し切れない自分に
怒りを感じてしまっていたことに気がついた

という話しをしましたが、承認欲求をもってたって
いいじゃないかと、そういう自分も含めてそれが
いまの私なんだということを認め(許す)たらすっごく
楽になったんですよね。

だってさ、あんな幼子の時から開発されてきた
承認欲求をそんなに簡単に全て手離せるかって(笑)

まあそれでもね、わたしは、セドナをつかって解放しつづけますけどね
なぜなら、それが自分に役にたつことを知っているし、承認欲求は常に
わたしの管理下にありますからね^^(セルフヒーリングとはそういうことなわけで)

そして何よりも自分の可能性を信じていたいから。

要するに何がいいたいかというと
まずは、やりたいことがないって思っている
自分をまるごと受けとめてみてください

あなたがおかあさんになって
やりたいことがみつからないと苦しんでいる自分を
無償の愛で抱いてあげてください

あなたが幼子の頃におかあさんにもとめていたことを
大人になったあなたが、あなたにしてあげたいように
してあげてください

あなたを救えるのはあなた以外にはいません
他の誰も代わりにはなりえないことをあなたはもう
ずっとまえから知っているはずなので

癒えない自分のままであなたにとって
ベストなことが考えられるでしょうか?

痛みでちいさくなっている、閉じてしまっているハートで
あなたが本来歩むべき道を、はたして見つけることができるでしょうか

在りたい自分を決めることができるでしょうか

気づく→認める(許す、完全降伏?)→決める→行動する
古の達人の教えはだいたいこのような流れのようです^^

脳科学の話しでいうと、ネガティブな思考になっているときは
からだを動かした方がいいみたいですね

ハートが癒されたあとは、きっぱりと決意することをおすすめします
もう、自分を尊重しない生き方はしないということを

そして是非、考えてみてください
尊重するとはどういう状態のことであるかを

利己的であることと、自分を甘やかすこと
尊重するということの違いはなんなのかを

そして、あとはしっかりと自分を尊重できる
生き方をゆっくりじっくり見つけていけばいいのではないでしょうか

まずは小さなことから自分のハートが心地良くなることは
なんだったのか、、、想い出すところから、感じることから
はじめてみると、糸口が見つかりやすいようです

大丈夫。時間はたっぷりとあって、遅すぎるということはないようです^^

ではでは、本日も最後までお読みいただきまして
ありがとうございました

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