本当の自分に還り、本物の豊かさを味わう
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エゴの正体を知り、目覚めた人生を送る/セドナメソッドについて㊹

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エゴは重要な人になることが使命だと思いこませる

誕生の瞬間、源(ソース)から外に出ると同時に
自分の真実の姿とは正反対のアイデンティティ
に向かう、危険ともいえる旅が始まります。

私は、このエゴ、または偽りの自分が発達する
時期を「野心の時期」と呼んでいます。

偉大な源(ソース)から生まれて、単純にそれに
従って生きるだけでよかった時にはまったく知らなかった
むしろその対極にあるような生き方が「野心の時期」です。

省略

エゴは、無力な自分から力のある重要な人物になって
「ワンネス」から物事を比較してとらえる「ツーネス」へ
進まなくてはならない、と訴えます。

神を追い出し(Edge God Out)、偽りの自分を信じようとする
段階におけるエゴのいちばんの役割は、新しいアイデンティティ
(たとえそれが野心の求める偽りの自己であっても)を持たせて
無力な自分ではなくすことなのです。

省略

純粋に幸せに満ちあふれた生活を送りたいのなら
ラマハ・マハルシ師の言うように

エゴを否定して燃やし尽くせるように
ならなくてはなりません。

ザ・シフト
ダイヤモンド社 ウエイン・W・ダイアー 著 より引用

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「Edge God Out」、、、

頭文字をとって「エゴ」とは、なるほど、座布団三枚!
、、、と山田君にお願いしてもいいような、、、、w

ちなみにこの章の始まりで著者は
悲しいことに多くの人間が、この「野心の時期」の段階が
人生のストーリーの結末ということになりがちである、と指摘しています。

エゴに支配された「野心の時期」を超えた先に
わたしたちは何をみて、何を感じるのでしょうか。

いわずもがな、、、、ですが。

アロ~ハ♪@yukarinkoです^^

はてさて

タイトルは変えましたが、この記事は前回からの続きに
なっていますので、まだお読みでない方は、下記の2つをよんでみてくださいね♪

空しく渇望し続けるわけ(1)/セドナメソッドについて㊷
空しく渇望し続けるわけ(2)/セドナメソッドについて㊸

さて、、、
本日はエゴの正体を一緒に暴いていきましょう(^_-)


そもそも、、、、
エゴってなんなんでしょうかね?

手始めに
世間で定義されてるエゴを調べてみましょっ。

ウィキペディアをチラみw

みなさんも、ちゃんと読んでみてくださいね
今日は徹底的にエゴを丸裸にする日なのでw

ふむふむ、なんだかお堅いことばが
づらづらとならんでおりましたが、理解できましたでしょうか?

フロイトとかユングとか、、、、

この辺りのことを追及していくと果てしない砂漠をあるいて
いくことになりますのでw、よくもわるくもyukarinkoの独断と
偏見で、エゴの定義を次のようにさせていただいて話をすすめます。

ずばり、エゴとは、
融通のきかない外交係!!!なのです。

はぁっ、、、、?

ええ、ええ、よくわかります(^_^;)
なので、説明させて頂きますね(笑)

つまりですね

わたしたちがこの世の中を生きていくにあたっては
無意識むきだしの状態だと、とてもじゃないけど
おっかなくって生きていけないわけです。

なにかと社会と折り合いをつけていく必要がある

丸裸じゃサバイバルできないから
そのために自他を区別していく必要性にかられる

エゴを外交係としたのは
無意識でまる裸の自分をオブラードでつつんで

社会的な自分としての情報(アイディンティティ)
を発信していく役割に例えてのことです

学術的な話になると
それは超自我(スーパーエゴ)じゃないかって
いわれるかもしれませんが、ここでそれを論じても
意味がないので、脇に置いておきます

さて

そうなってくると、エゴって別に
そんなに悪いヤツでもないような
気がするのですが、いかがでしょうか?

この物理的次元を生きて行くにあたっては
このエゴの機能がないとあまりにも混沌とした
状態になってしまうことも確かなわけです

多様性とコントラストに満ちた
世の中に存在していくためには

いろいろなことを他と比較して
整理整頓する必要があるわけですので。

だから、エゴそれ自体の
機能は決して悪ではない

じゃあ、なんで、エゴをモンスター
扱いしているのかっていうと、、、、

融通がきかないわけです
だから、融通のきかない外交係なわけで。

つまり社会に適応しようとばかりに突っ走って
(社会に適応しなければという防御機能が働きすぎて)

どんどん突っ走っていってしまう
本来のご主人様である本当の自分を差し置いて

分をわきまえないで
主人を差し置いて前面に出てくるわけです

ていうか、むしろ
主人に出られると困るわけです、外交係としては

だから、いらぬ幻想をみつづけさせたり
しょーもないプレッシャーをかけたりして
本当の自分に還ることを妨害してくるわけです。

わたしたちは生まれてから社会に適合すべく
とにかく自分をコントロールするよう教育されます

コントロールすることは成功であって
コントロールが出来ないことは失敗なんだと教え込まれる

そこに、エゴが暴走する原因があるわけです

うまくコントロールしていかないと敗者になる
だからあの手この手をつかって自我の存在を確立しようとやっきになる

偽りの安定という名のもとに。

でも所詮偽りなのでふとした瞬間、瞬間に
わたしたちは、何かがおかしいと違和感を感じる

だから、なにかが
満たされないままに、渇望し続けるわけですね

さて

上の引用文では
〝エゴを否定して燃やし尽くせるようにならなくてはいけない″

と辛らつに述べていますが
わたしは必ずしもそうであるとは思いません

なぜなら、先にお話した通り
必ずしもエゴは悪者ではないからです

問題なのは
エゴが本当の自分を差し置いて
主導権を握っていることなのですから

なので大切なのは
エゴを否定することでも、燃やし尽くすことでもなく

エゴも自分の一部として
本当の自分と統合させること

ほんとうの自分としての人生を
謳歌する為にエゴを躾(しつけ)ることの方が

よほど、この世で生きるためには
理にかなった方法であると思うのですが、いかがでしょうか?

エゴの正体がわかりさえすれば
わたしたちはもうエゴに主導権を渡す必要はありません

わたしたちは思う存分に主人として
エゴに働いてもらうわけです。

主が本当の自分で従がエゴです。

エゴに分をわきまえさせるのです。

「お姫様ごっご」のワークの話しを以前紹介しましたが
あのコンシェルジュの正体をエゴと考えると分かり易いかもしれません

では

わたしたちを操ってきたエゴの正体
をこれから完全暴露していきます

本日引用した書籍、これがものすごく
コンパクトにエゴの正体をまとめてくれているので
それを参考に以下にご紹介します。

本書では項目ごとに解説がありとても
さんこうになりますが、ここでは
ポイントだけお話していきますね。

ご興味のある方は
こちらをご一読ください。

①人の価値は所有物で決まる

子どもの頃、おもちゃに囲まれていると
幸せな気持ちになりませんでしたか?

子供どうしのおもちゃの取り合いもよくみる
光景ですよね。でもよ~く考えてみてください。

大人になってからも、おもちゃが別の何かに
かわっただけで、本質は同じように思いませんか?

②成し遂げたことで私は決まる

そもそも何かを成し遂げないといけないのでしょうか?
わたしたちは幼いころから他と比較されてきたことで

人として「存在すること」よりも
人として「何かをする」ことが重要であると
教えこまれてきました。

だから、大人になってからもいつも
誰かに承認してもらわないと安心できないわけですね。

「ありのままの存在」としての私を承認できたとき
わたしたちは比較・他者承認の呪縛から解放されて
ほんとうの安らぎの中に戻ることができるのではないでしょうか。

③私の評価は他人の評価で決まる

本書でも記述がありますが
〝あなたが誰であるかは、この世に存在する他の誰のどんな考えや
意見ともまったく関係のないことで、それ以上でもそれ以下でもありません″

そもそも、エゴに支配された人が世の中ほとんどなわけで
そういう幻想にしかすぎない判断や評価に惑わされ
深刻に悩んでしまうことに人生の貴重な時間を使うことが

はたして、有効なのかどうか、そういうことを
目覚めた頭と心で振り返ってみる時間をもってみてはいかがでしょうか?

魂が頭上から自分を見るがごとく、俯瞰してみます。

④私は他のみんなとは違う、別の人間だという感覚がある

自分だけが重要であると思うことは
エゴの得意中の得意のまやかしですから
かなり意識的に注意したほうがいいかもしれません

自分だけが重要である、特別だって、、、
そりゃあ、その通りだと、ついつい思ってしまいます

それをよすがにふんばって生きて行くことも
もしかしたら必要なときもあるかもしれません

でもね、宇宙からしたら、それを神様っていう人もいますが
(源であるソースとでもいいますか)
わたしたち一人一人は砂漠の一粒一粒の砂であるわけです

つまり、その一粒一粒があつまって砂漠をつくっている。
このたとえ、ステンドグラスでもなんでもいいわけなんですが

とにかく、ひとつひとつがあつまって
全体をつくっている、その全体は大いなるものの
視点から見ればひとつですよね

これがワンネス

エネルギー的に見みても
物質を細かく細かくしていけば、さいごは

人間も動物も植物も鉱物も
すべてこの世の中、いや、宇宙のものすべて
同じもので構成されているわけです

これがワンネス、ってやつですね。

みんな違ってみんないい、って
金子みすずじゃありませんが

これは個性がどうのこうの
みんなバラバラっていうんじゃなくって

土台にあるのは
みんなひとつであって、全体としてひとつのものに
光があたったときに、それぞれ発する光は違うけれども

どれひとつとってもみんな尊いものだねって
いうのが根底にあるわけです、、、、、、、

⑤私の人生には足りないものがある

エゴはつねにもっとちょうだい
もっとちょうだいの状態で、天井知らずです。

エゴに主導権を握られていると
渇望し続ける理由はココにあります。

ほんとうの自分はいつも満ち足りています
偽りの自分であるエゴはいつも欠乏しています

なぜか

本当の自分は源とつながっていて
エゴは源と分離している状態であるので。

⑥私は神とは切り離された存在である

これは上に書いたこと

本当の自分は源とつながっていて
エゴは源と分離している状態である

につながりますね

さっきの砂漠の話しで例えれば

全体として自分は砂漠であるわけなのに
なぜか、自分は特別な砂であると勘違い
している状態ですね

こう考えると
なんだか、エゴって滑稽に思えてきませんか?

さてさて

かなり本質的な話を
駆け足で書いてきたので

なかなか理解しにくい
部分もあったとおもいますが

ポイントとしては
エゴに主導権をわたさずに
エゴに働いてもらうというスタンスをつくるのが

本当の自分に還って
思いのままに満たされた人生を送る
古の賢人たちの教えであるということですね

これまでの自分の人生を振り返った時に
あなたはどれだけの割合でエゴに主導権を
明け渡してきましたか?

エゴにコントロールされた
「野心の時期」を人生の最終ステージとするのか

それともエゴをコントロールして
本当の自分を主体とした次なるステージへ進んでいくのか、、、

ぜひ、これを機会に
主導権を取り戻し、モンスターを飼い慣らす
人生に方向転換してみてはいかがでしょうか?

ではでは、本日も最後までお読みいただきまして
ありがとうございました

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