本当の自分に還り、本物の豊かさを味わう
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なぜセドナメソッドをやるのか?/セドナメソッドについて㉝

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すべての責任を引き受けたときに初めて力を得て
ほんの一部でも「変える」ことが出来るようになる。

「こんな目にあう」のは、何か、誰かのせいだと
考えているかぎり、どうすることもできない。

「わたしの責任だ」と言ったときはじめて
それを変えられる。

自分がしていることを変えるほうが、他者がしていることを
かえるよりずっと容易だ。

なにごとであれ、それを変える第一歩は
選んだのは自分だと認め、受け入れることだ。

個人として責任があると思えなければ
わたしたちはすべて一体であるという理解を通じて、認めなさい。

それから、間違っているからではなく
ほんとうの自分にふさわしくないからという理由で
変化させる努力をしなさい。

何かをする理由は、ひとつしかない。
宇宙に向かって、自分が何者であるかを示すことである。

そうすれば、人生は自己の創造になる。
あなたがたは人生を使って、真の自分
こうありたいと願ってきた自分を創造する。

神との対話―宇宙をみつける自分をみつける
ニール・ドナルド・ウォルシュ著 p55~56より引用

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辛いことが起こったとき
悲しいことが起こったとき
怒りを生じたとき、、、、、、

あなたはどのような対処をしていますか?

アロ~ハ♪yukarinkoです^^

自分の身に起きていることは全て
自分が選択してきた結果であるということ

故にすべての責任はわたしにある
という思考レベルで、ものごとを考える
ようになったのは、離婚した後からでした。

もう何年も前の話しですが

大恋愛で結婚したものの
おたがい自分の物差しで相手をはかり
裁き、傷つけあい、最終的にあんなに

好きだったのに、同じ空間にいることも
できないくらい生理的に嫌になって別れた

まあよくある話ですが、、、、(^_^;)

離婚は結婚の何倍もエネルギーを
消耗するというのはまさしく真理ですねw

もうほんとうに憔悴しきってました。離婚直後は。
怒りの矛先とかどうすればいいのみたいな。

ちょうど離婚するちょっと前くらいから
セラピーやヒーリングを習いだしていたのが

わたしにとって救いだったのかもしれません。
実践的にそれらを学んでいくなかで

何かや誰かのせい、なんてことは何一つない
ということを知ることができたので。

ただ、知ることと理解することは違うんですね。
だから始めの頃、何か起きるとまずは内観法

つまり、全て自分の責任として物事を観る
原因は自分にあるというみかたですね

感情が追いつかないわけですよ(笑)

頭ではわかっているけど、感情がだってだってだって
あのひとのせいじゃん!!!!

みたいに自分を正当化したがるんですね。
あたしはやっぱり悪くないってw

あとよくやりがちな失敗が
聖人になろうとして自分の感情に蓋をしたりね

こんなこと思っちゃいけないんだ
こうあるべき、あああるべきって善悪の固定観念にとらわれて

自分のありのままの感情をみてみぬフリを
していた時期もありました

でもまあ
それでも原因は自分にあるとする見方は
やめませんでしたね。それが真理だと信じていたから。

で、そういう見方が定着してきてから
なんだかんだいっても許すことが容易くなっていきました。

それと同時に
自分自身も容易く許せるようになっていきましたよ(^_-)

ちなみに離婚した旦那さんとは
今では同志というかいい友人としてお付き合いしています。

彼にはとっても感謝しています。
だって彼との関係性を通じて、自分は何者であったのか
そして何者でありたいのかを選択することができたので。

わたしたちは何かや誰かとの関係性を通じてしか
自分が何者であるかを知ることはできないと神との対話は話しています。

そうであるなら
出会う人すべては、わたしが何者であるかを知り
そして、何者であるかを決める機会を提供してくれるんだってことになりますよね。

全ての出会いに意味があり
その時自分に嫌な思いをさせる人もそういう役割を演じてくれている

そう考えるとありがたいなあなんて
感謝の気持ちがわいてきませんか?

まさに
人生という機会を使ってどんな自分を創造していくかっていうのは
つまり、どういう信念を選択していくかってことなんでしょうね。

さて
あなたはあなたのどんな信念を、宇宙に示しますか?

ではでは、本日も最後までお読みいただきまして
ありがとうございました

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